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東京の現場から山形「Q1」へ──一級建築士が選んだ、地域で働くかたち

山形市の中心部に、旧小学校の校舎をリノベーションした創造拠点「やまがたクリエイティブシティセンターQ1(キューイチ)」があります。多様なクリエイターが集うこの場所の一角に、ヤマムラ企画開発部の「山形デスク」を構えるのが、一級建築士の柴崎隼さんです。東京の建築現場で徹底的に鍛えられた下積み時代、家族の縁でたどり着いた山形、そして働き方を一変させた、ある冬の日の出来事──。新庄に本社を置く総合建築集団の設計者が、なぜ山形市のシェアオフィスで働くのか。その答えには、これからの地域と設計の関係を考えるヒントが詰まっていました。

2026.07.01 文=山村プレス編集部 約7分で読めます
東京の現場から山形「Q1」へ──一級建築士が選んだ、地域で働くかたち

Q1(旧一小)のモニュメントの前にて。

プロフィール

Profile

柴崎 隼(しばさき・じゅん)|株式会社ヤマムラ 企画開発部・一級建築士。宮城県大崎市出身。東京の大学・大学院を卒業後、2011年にヤマムラ入社。東京支店での現場下積みを経て山形へ拠点を移し、現在は山形市のシェアオフィス「Q1」にデスクを構え、数々のプロジェクト携わる。

廃校が、オフィスになった場所で

山形市の七日町にほど近い、旧小学校の校舎。長い廊下と教室の面影を残しながら美しくリノベーションされたその建物には、映画関係の広告代理店、企業コンサルタント、ふるさと納税関連の会社、個人の設計事務所──と、実に多様なジャンルのクリエイターたちが入居しています。

「やまがたクリエイティブシティセンターQ1」この注目のシェアオフィスの一室に、新庄に本社を置くヤマムラのデスクがあります。ここで日々の設計業務に向き合うのが、企画開発部の一級建築士・柴崎隼さんです。

新庄の本社ではなく、山形市のシェアオフィスで働く建築士。その少し不思議な働き方の背景には、東京での泥臭い下積みと、雪国ならではの、ある「転機」がありました。

多様なクリエーターが入居するQ1のシェアオフィス
Q1のシェアオフィスで迎えてくれた柴崎さん

朝からプレハブにこもり、ひたすら図面を描いた東京時代

宮城県大崎市で生まれ育った柴崎さんは、東京の大学、そして大学院へと進み、建築の道を志しました。学生時代はアトリエ系の設計事務所でのアルバイトも経験しましたが、「いわゆるアトリエ事務所の空気感は、少し自分には合わないかもしれない」と感じていたといいます。

そんな大学院の卒業間近、学校の掲示板で見つけたのが、ヤマムラ東京支店の求人募集でした。

「実は、同じ大学の直属の先輩である中村出さんの存在を知っていたこともあって、一度会ってみたい、お話をしてみたいと思ったのが、ヤマムラに入社した一番最初のきっかけでした」

2011年4月、こうしてヤマムラでのキャリアが始まります。ただし、入社当時のヤマムラは「設計事務所」ではなく、あくまで歴史ある「工事屋さん(施工会社)」。配属された柴崎さんを待っていたのは、一般的な設計士のイメージとは少し違う、非常に泥臭くも濃密な現場の日常でした。

「東京にいた頃は、工事担当者の車に朝から一緒に乗せてもらって、工事現場に向かうんです。そして、現場に建てられたプレハブの事務所に一日中こもって、ひたすら図面を描いていました。設計者が描いた図面をベースに、実際に職人さんたちが建物をつくるための、もっと詳細な『施工図』を描く仕事です。描いては現場へ持っていって職人さんに教えてもらい、またプレハブに戻って修正して……という生活が、東京時代はかなり長かったですね」

華やかな意匠設計ではなく、建物の収まりや職人とのコミュニケーションといった「現場のリアル」を徹底的に叩き込まれた日々。この泥臭い下積みこそが、いまの柴崎さんの設計力の土台になっている。

施工図を描き、現場で教わり、また描く。設計と現場を往復した東京時代が原点になった

命の危険を感じた、大雪の「ホワイトアウト」が転機に

東京支店で経験を積んだ柴崎さんは、2019年頃、奥様のご実家がある山形市へと生活の拠点を移します。山形での暮らしが始まった当初は、山形市内の自宅から新庄市の本社まで、毎日車で通勤していました。

その働き方を一変させる、文字通りの転機が訪れたのは、2022年の冬のことです。

「その日は本当に雪がひどくて、天気が悪いから早めに出なきゃと思って、朝の7時前に山形市の家を出発したんです。当時はまだ高速道路が村山方面まで繋がっていなかったので、13号線をひたすら新庄へ向かって走るしかありませんでした。そしたら道中、人生で初めて経験するような猛烈な『ホワイトアウト』に巻き込まれてしまって……」

道路と周りの景色が完全に一体化し、自分がどこを走っているのかすら分からない恐怖。朝7時前に家を出たにもかかわらず、新庄の本社に命からがら辿り着いたのは、昼の13時だったといいます。

「これはいくら命があっても足りない。移動のコストやリスクが大きすぎる、と痛感しました」

この命がけの通勤劇をきっかけに、柴崎さんは会社へ相談を持ちかけます。ちょうどその時期、山形市内に新しくオープンした「Q1」が、テナントだけでなく1席単位から借りられるシェアオフィスの入居者を募っていました。会社からの快諾を得て、Q1の中にヤマムラの「山形デスク」が生まれたのです。

「基本的には、パソコンに向かって黙々と作業をするような時期や、特に移動が危険になる冬場は、このQ1のオフィスに籠もって仕事をしています。もちろん、現場や打ち合わせがあるときは外へ飛び出していきますが、山形市内にこうして集中できる拠点があることで、移動のストレスやリスクを減らし、密度の高い仕事ができるようになりました」

多様なクリエイターと、ほどよい距離感

柴崎さんのお気に入りの場所でもあるQ1のオフィスは、古い建物の風合いを活かした、レトロで落ち着く空間です。借りているのは2席。普段は柴崎さんひとりで使うことが多く、ときどき、再生プロジェクトを率いる先輩・中村出さんも顔を出します。そこには、従来の「会社のオフィス」にはない、心地よい刺激があるといいます。

「日常的にベタベタ絡むわけではないですが、ふとした瞬間に雑談をしたり、時には『何か一緒に面白い協業ができないか』とお話をしたりすることもあります」

映画、コンサルティング、ふるさと納税、設計事務所。分野の違うクリエイターたちと、つかず離れずの距離感で同じ屋根の下にいる。その環境そのものが、設計者としての視野を広げてくれるのだそうです。

取引先やメーカーとの打ち合わせでも、山形市内のQ1という立地は大きなメリットを生んでいます。

「仙台にあるメーカーさんなどから『打ち合わせをしたい』と連絡をいただいた際、僕がここにいると伝えると、『新庄まで行かなくて済んだので、本当に助かりました!』とものすごく喜ばれるんです(笑)。山形市内の取引先へのアクセスも良く、この場所を拠点に選んだのは大正解だったなと感じています」

窓越しの中庭の風景。以前、ここが学びやであったことを改めて感じる。

会社の「新しい枝」を伸ばす、企画開発という仕事

柴崎さんが所属する「企画開発部」は、ヤマムラの中でも少し特別な部署です。設計はもちろん、プロポーザル(技術提案)への挑戦から、広報的な取り組みまで。従来の枠に収まらない仕事を、横断的に手がけています。

「建築に求められることが変化していく中で、もうちょっといろんなところに手を伸ばしていかないといけない。新しい枝のところから仕事を取ったり、何かクリエイティブしていくことを考えないと、うちも持続可能じゃない。そういう考え方も含めて、企画開発という部署が成り立っている感じですね」

だから、柴崎さんの一週間は意外と外にいる時間が長いのだそうです。営業に同行し、現場へ足を運び、打ち合わせに飛び回る。そして、パソコンに向かって集中的に図面を描く時期や、移動が危険になる冬場は、Q1に籠もる。場所を固定しない働き方そのものが、「新しい枝」を探す仕事のかたちなのかもしれません。

オフの時間も、走り続ける

仕事を離れた柴崎さんの今いちばんの関心事は、ミニバスケットボールに打ち込む息子さんのサポート。週末は送迎や応援に駆け回り、一緒にNBAの試合を観ることもあるといいます。

そしてもうひとつが、自身の体調管理も兼ねたマラソン。年に2回ほど大会に出場しています。

「うちの社長が、走ることにかけてはものすごい人なんです。だから大会の前に、メッセンジャーで『今度これを走るんですけど、どうしたらいいですか』と送ると、靴はこういうのを選ばないといけない、とか、すごく丁寧なアドバイスが返ってくるんですよ」

山形と新庄、離れた拠点で働いていても、こうしたやり取りが自然に交わされる。距離を働き方の工夫で乗り越えてきた柴崎さんらしい、会社との距離感です。

地域で設計するということ

東京支店での現場主義的な働き方から、山形への移住、そしてホワイトアウトという自然の脅威を経てたどり着いた、Q1でのクリエイティブな分散型の働き方。会社に決められた場所ではなく、仕事の質から逆算して働く場所を選ぶ。働く場所を選ぶことは、つくるものを選ぶことでもあるのかもしれません。

そして、この柔軟な環境と、東京時代に培った確かな施工のノウハウ。そのすべてが結集したプロジェクトが、ヤマムラの本拠地・新庄市で、この6月に竣工を迎えました。プロポーザルを勝ち抜いて受注した、新しい子育て拠点「もみのき保育園(新中部保育所)」です。

その設計の舞台裏は、こちらの記事でじっくりと紐解きます。

【もみのき保育園】雪国に開かれた大空間──新庄の木造園舎、設計の舞台裏

DATA

柴崎 隼|株式会社ヤマムラ 企画開発部・一級建築士(宮城県大崎市出身・2011年入社)
拠点:やまがたクリエイティブシティセンターQ1(山形県山形市・旧小学校校舎をリノベーションしたシェアオフィス)
株式会社ヤマムラ:1965年(昭和40年)「山村製材所」として新庄市で創業。大断面製材から建築、まちづくりまでを一貫して手がける

写真・文:山村プレス編集部

Sanson Press — Shinjo, Yamagata