プロフィール
Profile
柴崎 隼(しばさき・じゅん)|株式会社ヤマムラ 企画開発部・一級建築士。宮城県大崎市出身、2011年入社。東京支店で施工図の下積みを重ね、現在は山形市のシェアオフィス「Q1」を拠点に設計を手がける。
「伝説の先輩たち」と挑んだプロポーザル
もみのき保育園のプロジェクトは、新庄市が実施した「プロポーザル(事業者選定のための技術提案)」から始まりました。本社を置くまちの、子どもたちのための公共建築。新庄に深く根ざすヤマムラとして、このコンペティションにかける熱量は並々ならぬものがありました。
実は柴崎さんにとって、保育園を本格的に手がけるのは、これが初めてでした。とはいえ、まったくの未経験ではありません。工事の側では、これまで数多くの保育園の施工に携わってきたのです。
「現場に入り込んで図面を描く中で、設計者さんと『実際ここ、どうするんだ』という話を一緒にやってきました。工事で溜まったノウハウを、自分の設計に活かすことができた。日々の積み重ねが、だいぶありましたね」
新庄市のプロポーザルは、少し独特な形式でした。技術提案書には、平面図など建物の具体的な形を載せてはいけない。「私たちはどういう考え方で設計するか」という理念だけを問われる勝負です。
「最初は僕ともう一人のチームメンバーで進めようとしていたのですが、公共の大型案件ということもあり、我々だけでは非常に厳しい戦いになるだろうと。そこで、心強い助っ人を呼びました。僕たちの大学の先輩である、建築家の花澤さんです」
実はこの花澤さん、ヤマムラで数々の再生プロジェクトを牽引する中村出さんの、さらに上の先輩にあたります。柴崎さん、出さん、花澤さんの3人は全員、同じ大学の建築学科出身。世代を越えた学びの縦糸が、このプロジェクトで一本に結ばれたのです。
「下から見ると、出さんと花澤さんのお二人は、学生時代から学内で本当に『伝説の先輩』と呼ばれる存在だったんです。お二人とも優秀で、やっていることがとにかく独特で不思議で、『なんだあの凄い人は……!』と噂されるような先輩でした(笑)。そんな憧れの伝説の先輩たちとタッグを組んでプロポーザルに挑戦できることになり、当時は本当にワクワクした気持ちで設計が始まりました」

遊戯室を「ど真ん中」に、公園と一体に
新庄市から提示された要件は、「歴史的風致維持計画との調和」や「雪に強い安心安全な施設」など、8つの厳しいコンセプト。しかも敷地は、新庄城址・最上公園のすぐ目の前という、まちのシンボル的な場所です。
「最大の特徴であり挑戦だったのは、この保育園が『最上公園というパブリックスペースの一部に立つ』ということでした。公園の中に立つ建築とはどうあるべきか。そこから僕たちの思考はスタートしました」
導き出した答えは、これまでの学校建築や保育施設の常識を覆す、大胆な間取りでした。一般的な施設では、音が響く体育館や遊戯室は建物の「端」に置かれがちです。小学校なら、渡り廊下を渡って体育館へ移動する、あの配置です。もみのき保育園はその逆──一番大きな遊戯室を、建物の「ど真ん中」に据えました。そして、そこから最上公園に向かって、子どもたちがダイレクトに飛び出していける動線を通したのです。
この間取りの根っこには、現場の声がありました。移転前の中央保育所の先生たちから、「豪雪の時期は、子どもたちがなかなか外で遊べない」という実情を聞いていたのです。
「雪国の新庄では、冬はどうしても大雪で外を走り回ることが難しくなります。だからこそ、冬でも目一杯走り回れる大空間を園舎の核にしたかった。一方で、夏は夏で、プールなど別の楽しみがあります。季節のいい時期には、その中央の遊戯室から公園の芝生広場へ、先生や子どもたちがバーッと直接飛び出していける。夏と冬、どちらの良さも最大限に活かせる『H型』のプランが、僕たちの最大の提案であり、最後までブレなかった核です」
園舎の目の前に広がる公園側のスペースは、これから新庄市が整備を進めていくエリアです。子どもたちがそこでどう遊ぶかは、開園後の運用に委ねられますが、「天気のいい日に、先生と子どもたちがみんなでバーッと駆け出していく」──そんな風景を思い描きながら、この動線は設計されました。

低く、低く。雪国に寄り添う引き算の設計
デザイン面で柴崎さんたちが向き合ったのは、雪国の建築が宿命的に抱える「屋根の雪」の問題でした。大きな一枚屋根に高さのある建物は、冬になると大量の雪の塊を一気に落とします。近隣の既存施設が抱えるそうした課題も、設計チームは注意深く観察していました。
「降ってきた雪を設備(屋根からの融雪散水)で溶かす工夫も、新庄市の事例を参考に取り入れています。ただそれ以上に、建築の形状そのもので雪のリスクを減らしたかったんです」
柴崎さんが意識したのは、屋根を一枚の大きな塊にせず、細かく「分割」すること。そして、建物のプロポーションを「できる限り低く、低く抑える」ことでした。
「建物を低く設計すれば、仮に雪が屋根から落ちてきたとしても、落下の衝撃や危険を最小限に抑えられます。冬場に先生たちが『あそこの雪を落とさなきゃ』と思ったときにも、簡単に手が届く安心感のある高さにこだわりました。最上公園の美しい景観を邪魔しない、街並みに優しく寄り添うような、低重心の美しい木造建築を目指したんです」
足し算の派手さではなく、引き算の安心。豪雪のまちで子どもたちを預かる建築の答えが、この「低さ」に込められている。

3Dで一本一本、木を組む
もっとも、このH型のプランと、複雑に組み合わさる木造の大空間は、図面を引くだけで建つような代物ではありませんでした。設計の難易度は、公共建築の中でも極めて高いレベルだったといいます。
「今回は、元請けの施工会社として地元の沼田建設さんが入られ、僕たちヤマムラは下請けとして、実際の木工事(大工工事)を担当することになりました。『設計したのはヤマムラなんだから、きれいに建てる責任があるよね』という、良い意味でのプレッシャーが凄かったです(笑)」
そこで柴崎さんは、東京での下積み時代に培った「施工図」の知識をフル稼働させます。パソコン上に、園舎を構成するすべての木材を一本ずつ立体的に再現した3Dモデルを構築。どの材がどの梁とどう噛み合うのかを画面上で完璧にシミュレーションし、複雑に交差する斜め材の角度をコンマ数度のレベルで断面図に切り出しては、その角度に合わせた特注の接合金物の図面を、大量に描き起こしていきました。
「設計図を納品して終わり、ではなく、実際に現場で大工さんが一本の木を建てる瞬間まで、ずっとデータと睨み合いながら伴走し続けました。この緻密な検証プロセスがあったからこそ、この美しい木造大空間が、形として新庄に立ち上がったんだと思います」

「パパ3人」の目線が、園舎に命を吹き込んだ
これほどの設計・施工プロセスを乗り越えられた原動力は、チーム全員が共有していた、ある共通点にありました。
「実は、伝説の先輩お二人も僕も、みんなちょうど小学生くらいの子どもを持つ、現役の『パパ世代』だったんです。タイムリーに自分の子どもたちの暮らしや子育てのリアルが頭にあったので、設計中も『こういう動線だと先生が助かるよね』『子どもたちがここでこんな風に遊んだら絶対楽しいよね』といった、お父さん目線の意見が自然とたくさん飛び交いました」
竣工した園舎の温かい木の内装には、地元・新庄近郊で採れた高品質な木材がふんだんに使われています。木を伐り、材木を育てる製材の仕事から始まった、ヤマムラの60年。その歴史と技術が、まちの子どもたちを包む建築へと還っていきました。
「一生物の建築に携わるということは、自分たちが学んできた技術や、会社の歴史の中で紡がれてきた知見を次の世代へ伝え、社会へ還元していくことだと思っています。何十年、何百年とこの新庄で、子どもたちの笑顔と健やかな暮らしを守り続ける園舎であってほしいですね」
7月、園庭とあの大きな遊戯室に、子どもたちの声が響き始めます。最上公園の木々と、低く連なる木造の屋根。新庄のまちの真ん中に生まれたこの風景が、これからどんな日常を育てていくのか。山村プレスは、その続きも見届けていきます。

DATA
もみのき保育園(新中部保育所)|山形県新庄市・最上公園そば
2026年6月竣工、7月開園/プロポーザル(技術提案)方式により事業者選定
設計:株式会社ヤマムラ 企画開発部ほか設計チーム/施工:沼田建設(元請け)・ヤマムラ(木工事担当)
内装材:新庄近郊産の木材を使用
写真・文:山村プレス編集部
Sanson Press — Shinjo, Yamagata