(前編はこちら)ヤマムラの原点を訪ねて──大口径丸太を挽く新庄のJAS認証製材工場【前編】へ
話し手
Speakers
笹 健一(製材工場 工場長)
星川 大樹(パネル工場 工場長)
佐々木 健之介(パネル工場 図面・積算)
下山 篤史(建築部・木建材部 営業課長)
田宮 薫(木建材部 営業)
間 清人(木建材部 営業)
案内役:柴崎 準(企画・設計、一級建築士)
ウッドショックの向こう側、一本の木を無駄にしない覚悟
この10年を振り返るとき、座談会で何度も出てきたキーワードが「ウッドショック」でした。2021年前後、輸入材の供給が突如として不安定になり、価格が高騰したあの時期。日本の建築業界は大きな混乱に見舞われました。
「外材が入ってこない、価格が跳ね上がる。あの時は本当に大変でした。でも、だからこそ『国産材を安定して使おう』という機運が高まったのも事実です」
木建材部で営業を担うメンバーは、当時の状況をそう振り返ります。工場側から見えていた景色を、製材工場の工場長を務める笹健一(ささ・けんいち)さんは、率直な言葉で語りました。
「外材に需要があった部分に代わって、国産材に一気にスポットが当たった時期でもあるんです。うちの製材工場としては、そこをチャンスとして、一旦ものにはしました」(笹さん)
「一旦」という言い方には理由があります。外材の供給が戻るにつれて、国産材の需要も一度は落ち込んだからです。良いことばかりを並べない、現場の実感がこもった言葉でした。それでも、この経験を機に国産材は「再認知」され、公共建築で強度の担保が求められる流れとあいまって、JAS材への引き合いは着実に増えていきます。製材工場ではその機会を逃さず、プレカット会社などへ国産材を提案し、限られた寸法の材を定期的に供給する体制を整えてきました。受注してから挽くのではなく、常に製材し、備えておく。毎月、同じ品目を、同じ数量で。その積み重ねが、取引先にとっての安心になっていきます。

価格が大きく動いたことで、工場の中では「歩留まり」への意識がこれまで以上に強くなりました。一本の木から、使える部分をなるべく多く取る。営業と工場が打ち合わせを重ね、無駄のない木取りを追求する。端材はパレットなどに回し、捨てる部分を極限まで減らす。乾燥機のボイラーに使う灯油の価格も上がるなか、あらゆる無駄を見直していきました。入ってくるものも、出すものも値上がりする時代。それでも品質を落とさず出荷を続けるのが、この工場の意地だ。
不安定な時期に、工務店やゼネコンから「材料は入るのか」という不安な相談を受けたのが、外材やツーバイフォーの販売営業を担う田宮薫(たみや・かおる)さんです。自社に工場があることで応えられた場面があったと振り返ります。
「工務店さんがすごい不安を抱えていた時期に、うちには工場があるということで対応ができました。それを経て、ヤマムラという会社の認知度が上がったように思います」(田宮さん)
材が市場から消えかけたとき、目の前に「挽ける工場」があること。その安心感は、カタログには載らない、この会社のいちばんの商品なのかもしれません。

評価された「一貫体制」──日本製材技術賞の受賞
こうした地道な取り組みと、製材から施工までを一社で担う体制は、対外的な評価にもつながりました。2025年、ヤマムラは一般社団法人全国木材組合連合会が開催する日本製材技術賞において「全国木材組合連合会会長賞」を受賞したのです。
「特別にすごいものを製材したというわけではないんです。ただ、住宅や建築物件を製材から施工まで総合的に行っていること、そしてJAS認証という体制を作れたことが評価されたのだと思います」(笹さん)
大手プレカット会社と連携し、限られた寸法の国産材を毎月定期的に安定供給するルートを構築したことも、評価を後押ししました。他の工務店からの注文はサイズがまちまちで、どの寸法をどれだけ備えておくべきか、目安を立てにくいのが製材業の難しさです。品目を絞った定期供給は、工場にとっても在庫を確保しやすく、取引先にとっても納期が読みやすい。互いに利のある仕組みを、ウッドショック後の地道な提案からつくり上げてきました。自社工場を持つ強みを活かし、地域の建築を止めないためのインフラとしての役割を果たしてきた結果といえます。派手さはないが、雪国の工場が、全国の木造建築を静かに支えている。

約700坪、2か月。過酷な挑戦が工場を強くした
パネル工場で特に記憶に残っている仕事として挙げられたのは、秋田県小坂町で進んだ大規模な企業寮のプロジェクトでした。発注元は、土木から建築、製造まで幅広く手がける、東北にも拠点を持つ企業グループ。規模は約700坪。形状も特殊で、別の物件と時期が重なるなか、受注から出荷までおよそ2か月という限られた工程で、大量のパネルをつくらなければなりませんでした。建築そのものは請け負わず、パネルの供給に徹する案件でしたが、それでも工場のすべての力が試された仕事でした。
当時を振り返るのは、パネルの図面全般と積算業務を一手に引き受ける佐々木健之介(ささき・けんのすけ)さんです。
「たぶん、あれが一番大変でした。大型トラック70台分くらいのパネルを作ったんじゃないかな。けれど、今思い返すと充実していましたし、工場として大きく成長できた仕事だったと思います」(佐々木さん)

苦労がそのまま誇らしさに変わる、そんな案件だったのでしょう。限られた期間で大量のパネルを、精度を落とさずに仕上げる。この経験を経て、パネル工場は「大型物件をやり切れる工場」へと一段レベルアップしました。60周年を記念する社内展示でも、写真とともに紹介したいという声が上がっていました。
2024年に新庄市に開学した東北農林専門職大学の校舎には、多くのJAS材を出荷しました。完成前の現場を見学し、自分たちが加工した木がどのように使われていくのかを、一続きに見ることができたといいます。挽いた材が、まちの学び舎の骨格になっていく。出荷して終わりではなく、その先の風景まで見届けられたことが、工場の面々にとって忘れがたい経験になりました。
そして、製材工場から送り出された材は、時には遠く離れた土地へも渡ります。八丈島の歴史民俗資料館の再生プロジェクトでは、島へ材を送り、東京支店が施工を支えました。島には自前で建物を修繕できる会社がありますが、大断面の構造材を扱うノウハウまでは持ち合わせていません。そこで建物再生室に相談が寄せられ、陸路だけではなく船で材を運ぶという、ふだんの現場ではまず経験しない段取りで材を届けました。かつて庁舎として使われた建物を、次の時代へつなぐ仕事。海を越えた新庄の木が、その建物の次の時間を支えていきます。製材から建物再生までを持つ会社だからこそ生まれた仕事でした。

現場で愛される「精度」と、次の60年へつなぐバトン
これからのパネル工場で何を大切にしたいか。3つの工場を統括する工場長・星川大樹(ほしかわ・だいき)さんの答えは、前編から一貫して明快でした。
「まずは精度です。多少時間がかかっても、スピードより精度を重視したい。現場で汗を流す大工さんに『やっぱりヤマムラのパネルは精度が高くて組みやすいな』と思ってもらえるものをつくり、その上で少しずつスピードを上げていきたいです」
次の10年、20年へ向けた課題として、全員が口を揃えて挙げたのは「人材育成」でした。
パネル工場では20代から40代の働き手が増え、世代が若返っています。星川さんは「若い人たちが技術を身につければ、あと30年、40年と続けていける。そこを強みにするために、育成を急がなければならない」と話します。
一方、製材工場は少人数で、若い担い手の確保がより切実です。
「製材工場は私を含めて5名しかおらず、人材の確保が一番の課題です。JAS認証を毎年維持し、強度が明確な県産材を安定して出し続けるには、この技術を次の人へ確実に渡していく必要があります」(笹さん)
組み立てるパネル工場と、素材をつくる製材工場。同じ「木」を扱っていても、片方での経験がもう片方でそのまま生きるわけではないほど、求められる専門性は異なるといいます。それでも、次の世代へ技術をつないでいくという課題は共通しています。だからこそ、それぞれの現場で、教える側と教わる側、双方に経験の積み重ねが必要になる。バトンを渡すための時間は、もう始まっています。

原点は、次へ進む手の中にある
近年、住宅の着工件数は全国的に減少が続いています。業界に不安がないといえば嘘になる。それでも座談会の空気は、悲観よりも「これから何ができるか」に向かっていました。非住宅の木造建築、公共施設、地域の建物再生。設計から施工、製材、資材の供給までを持つこの会社の強みを生かせる仕事は、その先にまだ広がっています。
「地域で、木材から建材、住宅設備まで一社でそろえられる会社は多くありません。材料だけでなく、工務店さんや職人さんとのつながりも、これから先へ残していきたいです」と力強く語るのは、建築部・木建材部営業課長の下山篤史(しもやま・あつし)さん。職人の数が減っていく時代だからこそ、材料の供給にとどまらない、人と人との協力関係を続けていくこと。それもまた、この会社が次の10年へ持っていく財産です。
丸太を挽く製材所から始まったヤマムラは、設計や施工、建物再生、まちづくりへと仕事を広げてきました。それでも、建物の手前には一本の木があり、それを見極める人がいます。図面を読み、正確に組み、使う人の手元を想像する人がいます。
「ヤマムラの木は、きれいだ」。
その言葉を次の世代も誇りを持って受け取れるように、技術を測り、記録し、教え、つないでいく。ヤマムラの原点は、製材機の前に立つ人、パネルを組む人、材料を届ける人の手の中で、今日も力強く脈打っています。

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DATA
株式会社ヤマムラ 製材工場・パネル工場(山形県新庄市)
製材工場:JAS機械等級区分構造用製材 認証工場(従業員5名)/パネル工場:敷地内3棟・従業員14名
2025年(令和7年度)日本製材技術賞・全国木材組合連合会会長賞 受賞
1965年(昭和40年)「山村製材所」として創業
写真・文:山村プレス編集部
Sanson Press — Shinjo, Yamagata