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ヤマムラの原点を訪ねて──大口径丸太を挽く新庄のJAS認証製材工場【前編】

月山を望む新庄中核工業団地の一角に、その工場は佇んでいます。1965年、新庄市で「山村製材所」として創業したヤマムラ。住宅から大規模施設、建物再生へと領域が広がった今も、丸太から建築材料をつくる「製材」は、会社の原点としてあり続けています。半世紀以上、この地で木と向き合ってきた人々は、何を見つめ、何を残そうとしてきたのか。前編では、木の香りが立ち込める工場の空気と、そこで働く人たちの現場の生の声をお届けします。

2026.07.03 文=山村プレス編集部 約8分で読めます
ヤマムラの原点を訪ねて──大口径丸太を挽く新庄のJAS認証製材工場【前編】

新庄市福田にそびえるJAS認証製材工場(写真左側)。山形の大地で先人が大切に育ててきた杉の丸太が、出番を待つように静かに積み上げられている。

話し手

Speakers

笹 健一(製材工場 工場長)

星川 大樹(パネル工場 工場長)

佐々木 健之介(パネル工場 図面・積算)

下山 篤史(建築部・木建材部 営業課長)

田宮 薫(木建材部 営業)

間 清人(木建材部 営業)

案内役:柴崎 準(企画・設計、一級建築士)

木の香りと機械音が交差する場所、「山村」の始まり

巨大な丸太を固定し、一気に挽いていく「台車製材機」。今も昔も変わらない製材の本質が、激しい音と職人の手によって守られている。
巨大な丸太を固定し、一気に挽いていく「台車製材機」。今も昔も変わらない製材の本質が、職人の手によって守られている。

6月の午後。新庄中核工業団地の空は高く、遠くに月山の稜線がかすんで見えました。

製材工場の大きな開口部から中をのぞくと、皮を剥かれたばかりの丸太が、送材ラインの上をゆっくりと進んでいきます。帯鋸が丸太に触れた瞬間、うなるような音とともに木の粉が舞い、あたりに杉の香りが広がりました。切り出されたばかりの材の断面は、しっとりと湿り気を帯び、淡い紅色をしています。

そんな工場の一角に、それぞれのプロフェッショナルにお集まりいただきました。製材工場から、パネル工場から、木建材部の営業から。ふだんは電話や伝票の上でつながっている6人が、顔を合わせて話す機会は、実はそう多くないといいます。

「こうやって集まることは、なかなかないんですよね」

少し照れくさそうな笑いから、座談会は始まりました。
テーマは、今年60周年の節目を迎えたヤマムラの「原点」。丸太から建築材をつくる、製材の現場です。

社名を漢字に置き換えた「山村」を、あえて「さんそん」と読む山村プレス。その創刊記事をこの場所から始めることは、会社の歩みを原点から見つめ直すことでもあります。

50周年の記念誌をめくり、昔を懐かしみながら座談会をスタート。

材木店から、60年

ヤマムラの歴史は、1965年(昭和40年)、新庄の地に生まれた「山村製材所」から始まります。丸太を挽き、材木を商う小さな製材所は、時代の求めに応じて住宅へ、店舗へ、大規模施設へ、そして建物の再生へと仕事の領域を広げてきました。それでも、木を手放すことは一度もありませんでした。

「今年60周年ということなんですけれども、私が入社したのは、ちょうど50周年の節目のときでした。非常に感慨があります」

そう話すのは、木建材部で建築材料の販売と配達を担う間清人(はざま・きよと)さんです。入社から10年。会社の還暦を、現場の営業として迎えることになりました。

現在の製材工場が新庄中核工業団地に建てられたのは、令和元年のこと。それまで本社敷地内にあった工場を、あえて新設・移転した理由があります。JAS──日本農林規格の「機械等級区分構造用製材」の認証を取得するためです。

笹さん 「JASの機械等級を取るにあたって、新工場を設立しました。令和元年に、本社の敷地内からこちらへ移ってきたんです」

工場長を務める笹健一(ささ・けんいち)さんはそう振り返ります。半世紀続けてきた製材を、次の50年も続けていくための投資。それが、この工場でした。

令和元年に竣工した現在の製材工場。JAS認証取得のために建てられた、いわば「二度目の創業」の場所

「強度を保証して、出荷できる」──JAS機械等級という選択

JASの機械等級区分とは、専用の機械で一本一本の木材のたわみにくさ(ヤング係数)を測定し、「E70」「E90」といった等級を付けて出荷する仕組みです。職人の経験や目視ではなく、数値で品質を裏づける。木は自然の素材であり、同じ山の同じ樹種でも、一本ごとに強さが違う。だからこそ、全数を測る。言葉にすれば簡単ですが、認証の取得と維持には、測定設備と乾燥設備、そして日々の管理体制のすべてが求められます。

笹さん 「うちの製材工場の強みは、JASの機械等級で、木材の強度を保証して、材の品質を保証して出荷できるところです」

その言葉には、静かな自負がにじみます。主力は乾燥させた梁や桁などの構造材。大口径の丸太から挽き出す大断面の材にも対応します。扱う木材の多くは山形県産材です。金山や庄内など県内の山の木を中心に、一部は宮城県産材も扱っています。

県産材や製材工場の強みについて語る工場長。

「公共施設案件で県産材の指定が入ったときも、うちの工場から出せる。そこも強みになっています」

背景には、社会の変化があります。かつて住宅用の木材は、強度の表示がない「無等級材」が当たり前でした。しかし公共建築物に木材を使う流れが広がるにつれ、「公共なら、きちんと強度を担保しないといけない」という考え方が定着していきます。案内役の柴崎さんが補足します。

「強度を担保した木材を出せるのが、うちの工場の特徴です。公共建築を木でつくろうという流れの中で、工場を整備したというのは、まさにそういうことだと思います」

山形県内で、JASの機械等級を出せる製材工場は、ヤマムラを含めて数えるほどしかないといいます。2024年に新庄市に開学した東北農林専門職大学の校舎にも、この工場からJAS材を出荷しました。完成前の校舎を見学し、自分たちの挽いた材が組み上がっていく様子を確かめたことは、工場の面々にとって忘れがたい経験になっています。

その価値を、お客さまへの最前線で実感しているのが、建築部と木建材部の営業を兼ねる下山篤史(しもやま・あつし)さんです。

下山さん 「自社に製材工場があるというのは、建築部にとってもかなりの強みなんです。木材のことで相談があれば、直接工場長に聞ける。お客さまのところを回っていても、すぐ確認して答えられる。そこは大きいですね」

丸太を挽く現場と、まちを飛び回る営業。ふたつの現場は、一本の電話で日常的につながっているのだ。

機械によって強度と含水率が測定され、その証拠がダイレクトに印字された杉材。「数値で語れる木」がこの工場の看板だ。

スピードよりも、精度を。現場に愛されるパネルを。

製材工場から少し歩くと、もう一つの心臓部である「パネル工場」が見えてきます。ここでは、主にツーバイフォー(2×4)工法で使われる木質パネルが組み立てられています。2インチ×4インチの規格材を組み合わせて壁や屋根をつくる、北米生まれの工法です。

このパネル工場の管理を担うのが、工場長の星川大樹(ほしかわ・たいき)さん。敷地内に3箇所ある工場の人員配置と工程管理を一手に引き受けています。

「ツーバイって、もともと発祥は北米なんですよ。日本には戦前戦後くらいに入ってきて、北海道とか、雪国と親和性があって、輸入住宅みたいなかたちで広がっていった歴史があります」と星川さん。

パネル組み立て工程の一部を実演しながら説明してくれる星川さん。

雪の重みに強く、気密性を確保しやすいこの工法は、たしかに新庄の風土と相性がよいのでしょう。

「うちのパネル工場は、自社物件のオーダー対応がメインです。住宅と、集合住宅などの非住宅がだいたい半々くらいですね」

規格の決まった量産品ではなく、一棟ごとのオーダー生産。屋根の勾配や開口部の位置は建物ごとに異なります。図面上の線を読み取り、現場で組み上がる順序まで想像しながら、一枚ずつかたちにしていく仕事です。パネル工場で働くのは14名。20代から40代までの若い世代が中心の、活気ある現場です。

「営業から『すぐ欲しい!』って仕事が来る時は、大体すごい無茶振りの時が多いんですけどね(笑)」と星川さんは笑います。

星川さん 「でも、僕がパネル工場の責任者として一番思っているのは、スピードよりもとにかく『精度と品質』なんです。現場で組み立てる大工さんたちから『やっぱりヤマムラのパネルはいいな』って思ってもらえるような製品を作らなきゃいけない。その上で、時間をかけずにいいパネルをつくれるように、少しずつスピードを上げていく。順番は、まず精度なんです。」

実は、工場には建築の現場経験者が少ないといいます。だからこそ「どういう状態で現場に届けたら大工さんがやりやすいか」を徹底的に考える。パネルを現場へ搬入する順番や、雨や雪から守るブルーシートの掛け方といった細かな配慮が、現場での作業のしやすさを左右するのです。

JAS認証工場の外観
青空の下、出荷を待つ木材が高く積まれている。

現場と営業をつなぐ、自社工場の強み

この日、工場には営業部門から間さん、下山さんに加えて、外材やツーバイフォーの販売を担う田宮薫(たみや・かおる)さんも駆けつけてくれました。

「建築部門にとっても、自社に製材・加工工場があるというのはかなりの強みです。木材に関する相談事があれば、直接工場長に連絡してやり取りができる。建築の現場を回っていても、すぐに確認して対応できるのは僕らにとって最大の武器ですね」(田宮さん、下山さん)

実際、工場には担当者から直接電話がかかってきて、材料の相談を受けることも日常だと笹さんはいいます。営業を通す正式な注文だけでなく、「こういう材は出せるか」というやり取りが、部門の垣根を越えて交わされている。材料の在庫や加工の可否を、同じ会社の中で相談できる。設計から施工、工場の製材から建材の供給まで、一社で幅広い工程をカバーできる体制は、地域でも数少ない存在です。

仕事のモチベーションについて尋ねると、それぞれの立場から現場ならではの言葉が飛び出しました。

「何社か競合している中で、ギリギリのところを狙って出した見積もりが通って、『仕事が取れた時』が一番モチベーションが上がりますね」(田宮さん)

パネルの図面全般と積算業務を引き受ける佐々木健之介(ささき・けんのすけ)さんは、「自分が引いた図面が工場で形になり、現場に綺麗に納まったときは充実しますね。あとは個人的なことなんですが、最近パソコンのモニターを1枚から2枚に増やしたんです。それだけでテンションが上がりました(笑)」と、現場のリアルな空気を伝えてくれました。

田宮さんや間さんも、「とにかくクレームがなく、現場がちゃんと無事に終わってくれることが一番安心します」と本音をこぼします。営業がつないだ注文を、工場が納期通りに仕上げ、現場が無事に納める。それぞれの持ち場の達成感は、一枚の伝票の上でつながっています。

そして、営業として日々お客さまと向き合う下山さんが最後に挙げたのは、ふとした瞬間にこぼれた何気ない言葉でした。

「『ヤマムラさんの木は、やっぱりきれいだな』と、ぽろっと言ってもらえることがあるんです。忙しい注文を納期通りに納められた時や、そういう一言をもらった時は、やっていてよかったと思います」(下山さん)

丁寧な仕事の結果が、受け取った人の目に映る。その一言は、工場の仕事が現場へきちんと届いた印だ。

後編では、この10年の大きな転機となった「ウッドショック」と、2025年の受賞の裏側、そして700坪の大型案件や八丈島への木材供給など、記憶に刻まれた挑戦の数々を紐解きます。

(後編へ続く)「『ヤマムラの木は、きれいだ』──新庄の製材・パネル工場が継ぐ品質」

DATA

株式会社ヤマムラ 製材工場・パネル工場(山形県新庄市・新庄中核工業団地内ほか)
JAS機械等級区分構造用製材 認証工場/主に山形県産材(杉)の乾燥構造材・大断面材を製造
パネル工場はツーバイフォー工法の壁・屋根パネルをオーダー生産
1965年(昭和40年)「山村製材所」として創業

写真・文:山村プレス編集部

Sanson Press — Shinjo, Yamagata