山形県山形市にあるシェアオフィス「Q1」に拠点を置き、柔軟でクリエイティブな働き方を実践している一級建築士の柴崎隼さん。そんな彼が、株式会社ヤマムラの企画開発部チームとして総力を挙げ、この6月に無事竣工を迎えた一大プロジェクトがあります。
それが、新庄市の新たな子育て拠点となる「もみのき保育園(新中部保育所)」です。
ヤマムラの本社がある新庄市の公共案件。しかも、プロポーザル(技術提案)を勝ち抜いての受注という、非常に大きな期待と責任を背負ったこのプロジェクト。柴崎さんは、大学時代の伝説の先輩たち、そして自身も子育て世代である「パパの目線」を掛け合わせ、これまでにない豪雪地帯の木造公共建築をつくり上げました。いよいよ7月に開園を控える園舎の、設計の舞台裏に迫ります。
大学時代の「伝説の先輩たち」と組んだ、プロポーザルへの挑戦
もみのき保育園のプロジェクトは、新庄市が実施した「プロポーザル(事業者選定のための技術提案)」からスタートしました。新庄に深く根ざすヤマムラとして、このコンペティションにかける熱量は並々ならぬものがありました。
「最初は僕ともう一人のチームメンバーで進めようとしていたのですが、公共の大型案件ということもあり、我々だけでは非常に厳しい戦いになるだろうということで、心強い助っ人を呼びました。それが、僕たちの大学の先輩である建築家の花澤さんでした」
実は、この花澤さんは、ヤマムラで数々の再生プロジェクトを引っ張る中村出さんの、さらに上の先輩にあたります。柴崎さん、出さん、花澤さんの3人は全員、同じ大学の建築学科という固い絆で結ばれていたのです。
「下から見ると、出さんと花澤さんの2人は、学生時代から学内でも本当に『伝説の先輩』と呼ばれる存在だったんです。かなり尖っているというか(お二人とも優秀で、やっていることがとにかく独特で不思議で、周囲から『なんだあの凄い人は……!』と噂されるような先輩でした(笑)。そんな憧れの伝説の先輩お二人とタッグを組んでプロポーザルに挑戦できることになり、当時は本当にワクワクした気持ちで設計が始まりました」

「公園のど真ん中に、遊戯室を置く」というアンチテーゼ
新庄市から提示されたプロポーザルの要件は、「歴史的風致維持計画との調和」や「雪に強い安心安全な施設」など、8つの厳しいコンセプトでした。さらに、敷地は歴史ある新庄城址「最上公園」のすぐ目の前という、街のシンボル的な場所です。
「最大の特徴であり挑戦だったのは、この保育園が『最上公園というパブリックスペースの一部に立つ』ということでした。公園の中に立つ建築とはどうあるべきか、そこから僕たちの思考はスタートしました」
柴崎さんたちが導き出した答えは、これまでの学校建築や保育施設の常識を覆す大胆な間取りでした。
【もみのき保育園の間取りの特徴(H型プラン)】
一般的な施設:体育館や遊戯室は、音が響くため建物の「端っこ」に配置されがち。
もみのき保育園:一番大きな「遊戯室」を建物の「ど真ん中」に大胆に配置。
そこから最上公園に向かって、子供たちがダイレクトに飛び出していける導線を作った。

「雪国である新庄では、冬の時期はどうしても大雪で外に出て走り回ることが難しくなります。だからこそ、冬でも目一杯走り回れる大空間(遊戯室)を園舎の核にしたかったんです。一方で、天気の良い夏場や季節のいい時期には、その中央の遊戯室から公園の芝生広場へ向かって、先生や子供たちがみんなでバーッと直接飛び出していける。夏と冬、どちらの季節の良さも最大限に活かせる『H型』のプランが、僕たちの最大の提案であり、最後までブレなかった核です」
豪雪地帯に挑む。あえて高さを「低く低く」抑える引き算の美学
デザイン面において、最上公園の右手には、非常に大きな三角屋根を持つ歴史センターが立っています。その建物は、屋根が一枚で非常に大きく、高さもあるため、冬場になると屋根からとんでもない量の雪の塊がドカンと落ちてくるという、雪国ならではの課題を抱えていました。
「実は、今回の設計には、あの歴史センターに対する一種のアンチテーゼ(逆の発想)もありました(笑)。降ってきた雪を設備(屋根からの融雪散水)に頼って溶かす工夫も新庄市の事例を参考に取り入れていますが、建築の形状そのもので雪のリスクを減らしたかったんです」
そこで柴崎さんが意識したのは、屋根を一枚の大きな塊にせず、細かく「分割」すること。そして、建物のプロポーション(高さ)を「できる限り低く、低く抑える」ということでした。
「建物を低く設計すれば、仮に雪が屋根に溜まって落ちてきたとしても、落下の衝撃や危険を最小限に抑えられます。さらに、冬場に先生たちが『ちょっとあそこの雪を落とさなきゃ』と思ったときにも、簡単に手が届くような安心感のある高さにこだわりました。最上公園の美しい景観を邪魔しない、街並みに優しく寄り添うような低重心の美しい木造建築を目指したんです」

3Dで一本一本の木を組む。設計と施工を繋いだヤマムラのプライド
しかし、このH型のプランや、複雑に組み合わさる美しい木造大空間は、図面を引くだけで簡単に建つような代物ではありませんでした。設計の難易度は、公共建築の中でも極めて高いレベルだったと言います。
「今回は、元請けの施工会社として地元の沼田建設さんが入られ、僕たちヤマムラは下請けとして、実際の木工事(大工工事)を担当することになりました。『設計したのはヤマムラなんだから、きれいに建てる責任があるよね』という良い意味でのプレッシャーが凄かったです(笑)」
そこで柴崎さんは、東京での下積み時代に培った「施工図」の知識をフルに稼働させます。
【狂気とも言える緻密な設計プロセス】
1. パソコン上に、園舎を構成するすべての木材を一本ずつ立体的に再現した「3Dモデル」を構築。
2. 「このオレンジ色の木は、どこの梁とどう噛み合うか」を画面上で完璧にシミュレーションする。
3. 複雑に交差する斜めの材の角度を、コンマ数度レベルで何カットも断面図として切り出す。
4. その角度に完璧に合わせた、専用の「接合金物」の図面を大量に描き起こし、特注の金物を作って現場で組み上げた。
「設計図を納品して終わり、ではなく、実際に現場で大工さんが一本の木を建てる瞬間まで、ずっとデータと睨み合いながら伴走し続けました。この緻密な検証プロセスがあったからこそ、この美しい木造大空間が、形として新庄に立ち上がったんだと思います」

子育て現役の「パパ3人」の目線が、園舎に命を吹き込んだ
これほどまでに大変な設計・施工プロセスを乗り越えられた原動力は、チームのメンバー全員が共有していた「ある共通点」にありました。
「実は、今回設計を担当した伝説の先輩お二人も僕も、みんなちょうど小学生くらいの子どもを持つ、現役の『パパ世代』だったんです。タイムリーに自分の子どもたちの暮らしや子育てのリアルが頭にあったので、設計中も『こういう動線だと先生が助かるよね』『子どもたちがここでこんな風に遊んだら絶対楽しいよね』といった、お父さん目線の意見が自然とたくさん飛び交いました」
竣工を迎えた園舎の温かい木の内装には、地元・新庄近郊で採れた高品質な木材がふんだんに使われています。
「僕たちの60年の歴史は、木を伐り、材木を育てる製材の仕事から始まりました。一生物の建築に携わるということは、自分たちが学んできた技術や、会社の歴史の中で紡がれてきた知見を次の世代へ伝え、社会へ還元していくことだと思っています。一級建築士として、色んな大きな建物を手がけてきましたが、やっぱり最後に行き着くのは、人が暮らす根源である『住宅』だとも感じています。何十年、何百年とこの新庄で、子どもたちの笑顔と健やかな暮らしを守り続ける園舎であってほしいですね」

大正生まれの古民家をまちに開く「雪宿り」。そして、令和の技術で地域の子どもたちを包み込む「もみのき保育園」。
ヤマムラの設計者たちが紡ぐ、街と建築の美しいノンフィクションストーリーは、これからも「山村プレス」でリアルタイムに発信していきます。次回の更新も、どうぞご期待ください。