1965年、山形県新庄市で創業した「山村製材所」。住宅、店舗、大規模施設、建物再生へと仕事の領域が広がった今も、丸太から建築材料をつくる製材は、ヤマムラの原点として動き続けています。半世紀以上の長きにわたり、地域とともに歩み、木材の持つ温もりと可能性を追求し続けてきました。自社メディア「山村プレス」の記念すべき最初の読み物として、このモノづくりの現場を支えるプロフェッショナルたちによる座談会を企画しました。前編では、木の香りが立ち込める現場の空気と、そこで働く人々の生の声、そして「製材」という原点を守り続ける意味をお届けします。
木の香りと機械音が交差する場所、「山村」の始まり
テーブルの上に置かれたのは、10年前に作られた「50周年記念誌」。少し色褪せたページをみんなでパラパラとめくり、そこに写る若かりし頃の自分たちの姿に「うわ、若いな!」「この時あの人は……」と笑い合う和やかな空気のなかで、ヤマムラの「木の物語」がゆっくりと始まりました。
「僕が入社したのは、ちょうど50周年の節目の年でした。あれから10年が経ち、こうして60周年という次の節目をみんなと迎えられたのは、本当に感慨深いものがありますね」 木建材部の営業として、毎日トラックで建築材料の販売や配達に飛び回る間(はざま)さんは、記念誌を懐かしそうに見つめながら語り始めます。

工場の扉を開けると、真新しい木の香りが鼻をくすぐりました。一定のリズムで響く機械の駆動音、フォークリフトが行き交う気配。新庄市内の工業団地に位置するヤマムラの製材工場とパネル工場は、常に活気に満ちています。 福田工業団地にある製材工場では、直径90センチまでの丸太が台車製材機に載せられ、必要な寸法へと一気に挽かれていきます。乾燥機で水分を抜き、モルダーで四面を滑らかに整え、グレーディングマシンで強度を測る。最後に含水率を確かめ、一本ごとの測定結果を印字して出荷します。
同じ敷地のパネル工場では、図面に沿って切り出された部材が、壁や屋根のかたちへ組み上げられています。規格品を並べるのではなく、住宅や集合住宅、非住宅の一棟一棟に合わせてつくるオーダーの仕事です。 丸太から材料をつくる製材と、材料を建物の部位へ組み立てるパネル製作。求められる技術は異なりますが、どちらも建物が現場に立ち上がる前の、まだ見えにくい部分を支えています。
「製材工場は素材を生産する側。パネル工場は、それを組み立てる側です。作業も、求められる技術も違います」と語るのは、製材工場の工場長を務める笹さん。入社して約9年、工場の稼働と人員をまとめる現場の要です。
ヤマムラは、1965年に新庄で創業した「山村製材所」を出発点としています。会社が総合建築集団へと歩みを広げた後も、木を挽く仕事を手放しませんでした。社名を漢字に置き換えた「山村」を、あえて「さんそん」と読む山村プレス。その創刊記事をこの場所から始めることは、会社の歩みを原点から見つめ直すことでもあります。

「冬の時代」を泥臭く生き抜いた、工事屋としての意地
今でこそ「公共建築を木造で」という流れが当たり前になっていますが、戦後の高度経済成長期以降、建築業界の主流は長らく鉄骨造や鉄筋コンクリート造でした。燃えにくく、強固で、高層化が容易なこれらの素材がもてはやされ、木材は一時的に脇役へと追いやられることになります。中大規模の建物において、木造は長い「冬の時代」を経験していたのです。それでも、ヤマムラは決して「木」を手放すことはありませんでした。
「うちの原点たる生業は、丸太から建築材料を挽く『製材』です。そこから住宅建築を始め、ビルや店舗の内装、そして大規模施設まで総合的に請け負うようになっていきました。中大規模の木造建築に本格的に挑戦し始めたのは、平成17年(2005年)に愛知県の木造高齢者施設に携わってからですね」 そう語るのは、建築資材の販売から建築営業まで幅広く担う下山課長です。
長年、本社の敷地内にあった製材工場ですが、令和元年(2019年)に現在の福田の地へと移転し、最新の「JAS認証製材工場」として生まれ変わりました。それは、単なる工場の引っ越しではなく、木造建築のルールの変化に対応するための大きな決断だったと、笹工場長は振り返ります。

「冬の時代」を乗り越え、現在ではSDGsやカーボンニュートラルの観点からも、木造建築への回帰が世界的なトレンドとなっています。特に、二酸化炭素を固定化し、持続可能な資源として活用できる木材は、未来の地球環境を守る上で不可欠な存在として再評価されています。ヤマムラが長年守り抜いてきた製材技術と、新たに築き上げたJAS認証の品質管理体制は、まさにこの新しい時代の要請にピタリと符合するものでした。時代がようやく、ヤマムラの信念に追いついてきたとも言えます。
「公共の建物を木造でつくるとなると、住宅用によく使われていた強度の担保がない『無等級材』では通用しなくなったんです。木材がどれだけの重さに耐えられるのか、ちゃんと強度を担保しなければならない。だから僕たちは、丸太の製材から乾燥、含水率の計測まで、すべてを厳格な国の基準に合わせて管理できるJAS認証工場をつくったんです」
木は、鉄やコンクリートのような工業製品のように均一ではありません。育った環境、日当たり、土壌の質、そして切り出された季節によっても表情を変える、まさに「生き物」なのです。同じ山から切り出された木でも、一本ごとに性質が違います。だからこそ、乾燥によって水分を整え、荷重をかけて曲げ強度を測り、含水率を確認する工程が欠かせません。経験による見立てに機械による測定を重ねることで、設計者や施工者が必要とする根拠を添えて送り出すことができます。
「木材の強度と、材面の品質を保証して出荷できる。それが、うちの製材工場の強みです」
この製材工場では、職人たちの熟練の目と最新の機械技術が見事な融合を見せています。例えば、巨大な丸太を製材機にセットする際、職人は木の曲がり具合や節の位置を一瞬で見抜き、最も無駄がなく、かつ強度の高い木材が取れる角度を瞬時に判断します。これはマニュアル化できない、長年の経験だけが成し得る業です。一方で、乾燥工程や強度測定には最新のコンピューター制御が導入されており、含水率を1%単位で管理し、JAS基準をクリアする品質を担保しています。「人間の勘」と「機械の正確さ」のハイブリッドこそが、ヤマムラの製材工場の最大の武器と言えるでしょう。
認証は、一度取得すれば終わりではありません。製材工場では毎年監査を受け、基準を保ち続けています。工場長は「合格して、次の一年も出荷できる。その繰り返しです」と話します。壁に掲げられた認証プレートの背景には、日々の記録と確認の積み重ねがあります。

スピードよりも、精度を届ける。大工さんに愛されるパネルを目指して
製材工場から少し歩くと、もう一つの心臓部である「パネル工場」が見えてきます。ここでは、主にツーバイフォー(2×4)工法で使われる木質パネルが、一枚一枚手作業を交えながら組み立てられています。ツーバイフォーは、2インチ×4インチを基本寸法とする木材を組み合わせ、面で建物を支える工法です。
パネル工場の管理を担う星川さんは、入社8年目。敷地内に3箇所あるパネル工場の人員配置と工程管理を一手に引き受けています。 「うちのパネル工場は、自社物件のオーダー対応がメインです。住宅と、集合住宅などの非住宅がだいたい半々くらいですね」
規格品を大量生産するのではなく、一つひとつの図面に合わせて寸法を出し、組み上げていく。屋根の勾配や開口部の位置は建物ごとに異なるため、同じものを繰り返しつくる仕事ではありません。図面上の線を読み取り、現場で組み上がる順序まで想像しながら、一枚ずつ形にしていきます。

「営業から『すぐ欲しい!』って仕事が来る時は、大体すごい無茶振りの時が多いんですけどね(笑)」と星川工場長は笑います。「でも、僕がパネル工場の責任者として一番思っているのは、スピードよりもとにかく『精度と品質』なんです。現場で組み立てる大工さんたちから『やっぱりヤマムラのパネルはいいな』って思ってもらえるような製品を作らなきゃいけない」
星川さんの言葉には、ただモノを作るだけでなく、その先の現場で手を動かす職人たちへの配慮がにじんでいました。実は、工場には建築の現場経験者が少ないといいます。だからこそ「どういう状態で現場に届けたら大工さんがやりやすいか」を徹底的に考えています。パネルを現場へ搬入する順番や、雨や雪から守るブルーシートの掛け方といった本当に細かいところまで、現場の気持ちに寄り添って工夫を重ねています。大工が荷ほどきし、必要なパネルを迷わず取り出せること。工場から見れば小さな違いでも、現場では作業のしやすさを左右します。
また、パネル工場における「精度へのこだわり」は、単なる寸法の正確さにとどまりません。現場の職人がパネルを受け取った際、どの順番で組み立てていけば最も効率的か。雨天時に濡らしてはいけない部分はどこか。そうした現場のリアルな状況を常に想像しながら、工場内でのパッキングや出荷の段取りが組まれています。これは、ヤマムラが自社で施工までを手がける総合建築企業であるからこそ育まれた、「後工程への思いやり」の文化です。営業担当者が現場で得た大工さんたちの生の声を、すぐに工場へとフィードバックできる風通しの良さが、この文化をさらに強固なものにしています。

現場と営業をつなぐ、自社工場の強みとリアルな体温
この日、工場には営業部門から間さん、田宮さん、そして建築・木建材部営業の下山課長も集まっていました。日々、地域の工務店やゼネコンの担当者と向き合う彼らにとって、自社に工場があることは大きな意味を持っています。
「建築部門にとっても、自社に製材・加工工場があるというのはかなりの強みです。木材に関する相談事があれば、直接工場長に連絡してやり取りができる。建築の現場を回っていても、すぐに確認して対応できるのは僕らにとって最大の武器ですね」
材料の在庫や加工の可否を、遠くの仕入先へ順番に問い合わせるのではなく、同じ会社の中で相談できる。一本の木をどう使うかという判断が、設計や施工の近くにあること。それは、製材を原点に持つ会社ならではの距離感です。 設計から施工、そして工場の製材から建材の供給、さらには古民家の再生に至るまで。一社でこれほど幅広い工程をカバーできる体制は、地域でも数少ない存在です。
仕事のモチベーションについて尋ねると、それぞれの立場から現場ならではの等身大の言葉が飛び出しました。
「うちの強みは、木材からパネル、建材までを一社で全部揃えられること。何社か競合している中で、ギリギリのところを狙って出した見積もりが通って、『仕事が取れた時』が一番モチベーションが上がりますね」と下山課長。
パネルの図面全般と緻密な積算業務を一手に引き受ける佐々木さんは、「自分が引いた図面が工場で形になり、現場に綺麗に納まったときは充実しますね。あとは個人的なことなんですが、最近パソコンのモニターを1枚から2枚に増やしたんです。それだけで仕事の効率が上がって、めちゃくちゃテンションが上がりました(笑)」と、現場のリアルな空気を伝えてくれました。
外材(輸入材)やツーバイフォーの販売営業を担う田宮さんや間さんも、「とにかくクレームがなく、現場がちゃんと無事に終わってくれることが一番安心しますね」と本音をこぼします。
そして、製材工場で働く人が挙げたのは、お客さまからこぼれた何気ない言葉でした。 「『ヤマムラさんの木は、やっぱりきれいだな』と、ぽろっと言ってもらえることがあるんです。忙しい注文を納期通りに納められた時や、そういう一言をもらった時は、やっていてよかったと思います」
木の色合い、木目の美しさ、そして表面の滑らかな仕上がりは、強度などの数字だけでは決して伝えきれません。丁寧に挽き、乾かし、削り、選び分けた結果が、受け取った人の目に映る。その一言は、工場の仕事が現場へきちんと届いた印でもあります。 設計が描き、工場が100%の精度で形にし、営業が地域へと届ける。この部署の壁を越えた心地よいキャッチボールと、次工程への思いやりこそが、ヤマムラのものづくりの真髄です。
日々の業務の中で、営業メンバーと工場メンバーが直接言葉を交わす機会は、実はそれほど多くないかもしれません。営業は現場や顧客の元を飛び回り、工場メンバーは機械の音に包まれながら木と向き合っています。しかし、こうして一つのテーブルを囲み、昔の記念誌をめくりながら言葉を交わすと、根底にある「良い建物を残したい」「地域に貢献したい」という共通の思いが、静かに、しかし熱く共有されていることがわかります。部署の垣根を越えたこの連帯感こそが、ヤマムラという組織の強靭さを支える見えない柱となっているのです。

(後編へ続く)
後編では、ウッドショックという激動の時代を経て見えてきた「木造建築の未来」と、記憶に残る大型案件、そして地域に根ざすヤマムラがこれから目指す景色について伺います。